ありがとう、鬼太郎!

今日は近所のTSUTAYAが100円セールを行なっていたので妻と行ってみた。何気なく店内を歩き回っているとアニメコーナーがあり、今はどんなアニメが置いてあるのかと見て回ると結構古い作品まで置いてある。今日私が借りたのは、20年以上前にハマっていた『ゲゲゲの鬼太郎』だ。
鬼太郎をはじめとするおなじみの妖怪達を見ていると、今まで頭の中を占領していた"仕事"や"借金に関する事"を一時的に片隅へ追いやる事ができた。相変わらず鬼太郎は強く、かっこよかった。
20年もブランクがあった『ゲゲゲの鬼太郎』、内容は同じなのだが捉え方が子供の頃と比べて違う事を感じた。子供の頃は鬼太郎と悪い妖怪の戦いに気持ちの昂ぶりを感じていただけだったが、大人になってから見るそれは、ストーリーの中にある道徳的なメッセージ性を強く感じた。「電気を使いすぎてはだめだよ」「危ない所に入ってはダメだよ」「友達とは仲良くね」…鬼太郎はこのような事を妖怪達との戦いの中で子供達に伝えていた。
人は成長する事で物事の感じ方が変わってくるようだ。同じ対象でも成長する前に小さな視野で見た感想と、その後成長した大きな視野で見た感想は、視点の増加という違いで変わるものだと考える。鬼太郎の強さへの憧れという視点しかなかった20年前は、鬼太郎と妖怪だけにスポットライトが当たっていた。そして、今日私がメッセージ性を感じたのは、ストーリー全体や製作者の意図までもが視点として増えていた結果となる。
パチンコ屋に関する私の感じ方の変化もそのような事が原因だと思う。儲かる・一攫千金、そんな視点でしか見れなかったギャンブルだった故に私は通い詰めたのだが、今、ギャンブルを胴元や取り巻く環境、それによって受ける影響などいろんな角度の視点から見る事で視野が広がり手を出さなくなった。
お金に対する考え方の変化もそうだ。アニメ『ゲゲゲの鬼太郎』のように20年というブランクがあるわけでもない、毎日付き合っているお金。私生活を楽しむ上での最高の道具としか見れなかった過去から、生きる上で限りのある必需品だという視点が増えた。そのお金に対する意識の変化は、視点の増加による成長によって育まれたものであり、月日の為した気まぐれな感性による変化ではない事がわかると思う。

現在は毎日のブログに書いている通り、何かしら勉強したり自問自答する日々を送っている。もともと少なかったと思われる私の視点も人並みに増えてきているのかなと成長を感じる今日この頃だ。まさか30歳目前にしてこのような事を鬼太郎から教わる事になるとは思いもしなかったが、たまには思い詰める事から脱線し初心に帰る事も必要なのかもしれない。
『初心に帰る大切さ』、今日も人生における新しい視点が私に一つ加わった。ありがとう、鬼太郎!

只今の借金5882000円 総返済額118000円 
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